くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

何処かで消える影。

彼はそんな僕をマンションのベランダから見ていた。

 

僕は小さな頃、よく家の前の公園でC球とローリングスのグローブを持って壁当てをしていた。友達がいなかったわけではないが、誰かといると自分が主役になれないような気がしたから、いつも一人でいた。でもだからといってそこまで寂しくもなかったと思う。陽が落ち始めると、父なり母なり、誰かしらが迎えに来る。壁当てに疲れたり飽きたりしたら公園の周りに覆い茂っている木の辺りで虫を探したりしていた。運が良い時はカブトムシの幼虫が見つかる。だけど持ち帰っても、だいたい途中で死んでしまう。僕は幼虫を上手く孵化させたことがない。

 

一度だけ、壁で跳ね返ってきたボールが顎に当たり、失神しかけたことがある。あれは多分、もうすぐ夕飯になるかならないかという時間。あまりの痛みにその場に倒れ込んで見た空が、僕の記憶にある中で一番美しく澄み切った空。あのときはどうやって家に帰ったんだっけ。結局自分で帰ったのか、誰かに支えられて帰ったのか、どうも思い出せない。

 

小学生の頃、兄と同じ野球チームに入った。僕は色々とがんばったつもりだけど、お世辞にも上手いとは云えなかった。同級生の数々は既に硬式のボールを手にし、県でも有数の強豪チームに名を連ねていた。そんな同級生たちと一緒にキャッチボールなど出来る事もなく、家の近くで壁当てをすることしか出来なかった。

 

とある日曜日にクラス対抗の野球大会があった。僕は一度だけ、たったの一度だけ、母にその大会のことを告げた。でもその大会で作ったクラスのオーダー表の中には、僕の名前はなかった。僕はその日、ゲームセンターで2000円使った。新しい野球用の靴下を買うために母からもらった2000円だった。

 

僕はそんな彼をマンションのベランダから見ていた。

 

今日、夕暮れ時、公園の赤と青で丸印がたくさん書かれた壁に向かって、たった一人で壁当てをする少年。それを見届けてから、僕は喫茶店に向かい、その後にゲームセンターで鬱々とメダルゲームをしながら、色々と思い出したので書いてみた。

 

終わりは、ない。陽が落ちて、カブトムシの幼虫を探す僕を呼び戻す声はもうどこにもない。失神しそうな僕が家に帰られる保証はどこにもない。空の美しさを伝えられる相手もはどこにもいない。

 

もうね、僕は今まで何度だって死にたくなりましたよ。