くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

不思議なことだね?

言いたい事がある。 不満がある。 社会にも、人にも、何もかもに向けて。

当時、こんなヤツがいた。 「本当はxxやりたいんだけど…やるとなるとイロイロとめんどくさいんだよな〜」 「xxになれって親に言われてんだけど…本当はxxになりたいんだよな〜」 決められた生活の上での決められた行動。 決められた“普通”の上での決められた“常識” 可能性は探せばもっともっと沢山見つかるハズなのに…みんなどうして諦めてしまうんだろう? やりたい事がナイってことは絶対にナイと思ってる。 だけど、それに伴う弊害や努力を恐れて、みんな自分の好きな道ややりたい事が出来てない。 なのに、人の悪口や陰口だけはたくさん言うし、出来るコトも明日、明日で怠ってきてる。 ――どうして、みんなこういう事を考えないんだろう? って常に思ってたし、疑問だった。 生産性のないTV番組や芸能人の話、教師たちの定められた教育、社交性の欠如、下らない親からの期待 毎日の不毛な会話ややり取りに嫌気が指してた。 人間関係の軋轢におびえながら、受動的に他者と画一的な行動をするなんて犬のクソ以下。 今死んでも一緒。

あれはこーじゃだめ これはあーじゃだめ 人の勝手な判断基準に、人の勝手な目線に、何故合わせる必要がある? そんな下らないことばかり考えているから何も成し遂げられないコトに気付かず、多くの人間が自分の可能性失くしてく。

俺は今音楽を創る仕事をしてる。 まだ、バイトもしつつで完全にそっちメインで出来ているわけじゃないけど。 自分で選んだ道で、ずっとやりたかった事。 趣味の範囲から仕事の範囲へ持っていけるだけの力もついた。 前からずっと願ってきた道を、努力して、形にして、って頑張ってきた。 やりたいことをやるために今まで色々な犠牲を払ってきた。 一度は家族にも見放されたし、一度は友達だっていなくなったし、大事な人や考えもどんどん失ってった。 でもやりたい。 ってその一心だった。 迷いはなかったはずだけど、最近はずっと考えてた。

―俺はこの道を貫けるのか、そうでないのか。 とか、俺はどうしてこれをやっているんだろう?とか。

やりたくてやってきたコト が やらなくちゃいけないコト に 変化しつつあった。 曲を書けば書くほど自分のやりたい事がわからなくなってくるし どんな音楽をやりたかったのか、とか、どんなモノを創っていくべきなのか、とか。 色んな観点から考えてたし、さまざまな悩みを持った。 時には諦めかけたし、どーでも良くなる時期はあった。

やっぱり、闘うって難しいよ。 自分の弱さと面と向かって対峙して、逃げたいと思うときもある。 特に今年に入ってからの俺は常に逃げの姿勢だったし、どっちが上か下かもわからないほど悩んでた。

いくら考えても 残念ながら俺には何が間違っていて、何が正しいかわからない。 こうしたらこうなるかもしれないし、あーしたらあーなるかもしれない。 でもそれを打算では悩みたくない。 「これはダメだからせめてこっちにしよう。」 ってマイナスな観点よりも 「これをやってもxxできるだろうし、あれをやってもxxできるだろうな!」 ってプラスな観点で悩みたい。 それで結局間違ってたとして、時には死んでしまうとしても自分の選んだ道は後悔しない。 それに順ずる努力も惜しみたくないし、誰かにやってもらいたくもない。

やっぱね、どんなコトも大事なのは初期衝動なんだと思う。 どうしてやりたいと思ったのか。 単純にカッコイイからやりたかったのか、 単純に楽しいから好きだったのか、とか。

これは夢に限らず、人生の全てにおいてそうだと思うし、 もし彼氏や彼女がいるなら 最初はどう思ってたのか、どうしてコノ人が好きだったのか、初心に帰るのはやっぱり重要なんだろう。
刺激がないとイイモノって創れなかったし、考えてないと世界には提示できない。 少なくとも俺の中で納得のいかないものは誰にも聴かせられない。
やっぱ、わかってくれない人も多いし、産みの苦しみを知らないヤツにあーだこーだ言われて頭に来てたんだ最近。

だけど、俺は気付いたんだよね。 俺って好きなことやりたかっただけなんだってコトに。 そして、それが楽しかったコトに。
自信が無かった。 正直言えば、俺の創る曲が売れると確信もできんし、誰かのココロを揺さぶるとも思えなかった。 だからこそ、誰かに何かを言って欲しかったのもあるのかもしれない。

今日、涙ながらにやりたいことを本気で考えた。
それで取り戻した。 全て取り戻した。
やっぱり諦めると自分の人生全てがウソになる。 俺は貫きたい。
俺にはもっとカッコイイものが創れる。 俺はもっといい曲が書けるし、もっとカッコイイはず。 少なくとも他人に自分の道を否定されたとしても、俺は自分のしたコトに満足して逝けるって。 信じれる。

振り返れば 常に他の人が考えないようなことを考えて生きてきた。 社会の理想に自分の理想を重ねることもなかった。 足並みをそろえて生きていきたいなんて思ったことなかった。 やりたいことはとことんできるまで突き詰めてきた。 口論も苦悩もたくさん重ねてきた。 理不尽な想いもいっぱいしてきた。

それを重ねて重ねて。 俺は、確実に少しずつ強くなってる。

俺はこれだけあれば他にはなにもなくていいな。 家族も、友達も、恋人も、はたまた世界も、俺の生や死も そんなことどうだっていいって思えるほどのコトができた時の事を思い出した。

俺は、それだけでも幸せなんだと思う。 一瞬でも世界や社会の葛藤から抜け出して、没頭できるコト。 それがあるコトに感謝してる。

だから諦めれない。 何度でも立ち上がりたいし、何度も書き続けたい。 今は…そう思ってる。

取り戻したかったものは取り戻した。 俺はもっとカッコイイ曲が描けるって自信。 まだ苦悩は続くけど、ネガティブな中の一瞬のせつなさ。 アタマを真っ白にしてそのとき思い浮かんだことを ただそのままに五線譜に綴ればいい。 それが、楽しかったコトだから。

だって考えればやっぱ疑問だから。 行きたかったハズの大学で授業サボって遊んでるだけなのも理解できんし 行きたかったハズの会社の愚痴を言ってんのも理解できんし 一緒にいたかったハズの彼氏や彼女の悪口を言うのも理解できんし

高校→大学→就職→結婚→病院で死ぬ が俺のやるべき事だとはどうしても思えない。

他人の目を気にするのはもうやめてしまおう。 人間は人間の可能性を否定できないし 俺は俺のやりたいことを一生懸命やってくつもり。 わかってもらう努力もするつもり。 そこで出た苦悩や葛藤とはちゃんと向き合う。 自分の弱いところは改善するべく頑張る。 そこで及ばない部分は誰かに素直に頼る。

ただ、俺は絶対に妥協しない。 誰かの決めたレールの上は歩かない。 誰かの理想通りの人間にはなりたくない。 台本どおりの人生は歩まない。 会社の奴隷にはなりたくない。 顔色を伺いながら行動したくない。 言いたいコトも言えないような人間になりたくない。 途中で諦めたくない。 現実から逃げたくない。

普通や常識はもう超えてしまったんだ。 とっくに。

“俺の善悪観は世界に屈服しない。つまり、己の価値観=全て” もう、俺の人生の全てをチップにして、この想いに賭けるぜ。 世界中を敵に回しても。