くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

遠距離恋愛雑記5

所謂、物凄く微妙な気持ちだった。
時間は9時50分になるのだが、それっぽい人は見つからない。

知り合いだ。
顔見ればわかるはずだ。
そう思っていたのだが、連絡が来ることはなかった。
こちらからすることもなかった。

どこかで信じていたのだろうか。
いや、そうではない、きっと傷つくのが怖かっただけなのだろう。
どちらにしてもそろそろ待ち合わせの時間になるのだ。

10時になっても人並みは変わらないのだが、どうも見慣れた人が待ち合わせ場所の近くにきていた。
声をかけるまえにどこか別の場所へ行って、連絡した方が良いのだろうか。

間違っていたらどうしよう。
しかし、そこまで背が低い女というのもS以外は考えられないだろうということで声をかけた。
案の定Sだった。

昨日も書いたように、その日のデートプランは完璧だったと思う。
あくまでプランはだが。
心というのはプランで動くというものではない。

俺は内心、嬉しい気持ちになった。

だが、それはそこまで長くは続かなかったのだ。

会話?
会話は楽しい。
場所も綺麗で良い場所だと思う。
気温も天気も良かった。
日曜日で賑わってもいたし、体調も悪くない。

この気分が晴れないような気持ちは何だろう。
俺はずっと考えていた。

今まで会いたかった人と会う。
会ってその人と話す。
それは楽しいことではないだろうか。
そして相手もそう思ってくれたら。

出来る限り口にするまいと考えてはいた。
頭の中にあったのは仕事のことやKのことなど。

何故こんな時に限って仕事なんだよ。
そう思わざるも得なかった。
そして何よりもこんな時にそんなことを考えている自分自身に居た堪れなかったのだ。

Sは別に変わっていなかった。
数年前と同じような顔をしていたし格好もそうだ。
考え方というか、何かをした時の反応まで変わっていない。
俺の問いかけもきっと変わっていない。
行動も、歩き方も変わってはいなかっただろう。

変わったのは何だろう。

場所と、時間と、関係性。

でもそこだけは時間が止まっているような気さえした。
止まっていなかったのは次々と不埒な考えを繰り返す俺の心くらいのものだっただろうか。

大阪の海遊館へ行きたいと言ったのは紛れもなくSだった。
俺は行きたい場所なんて全くない。
思えば話したいこともなかった。

雑談は得意だ。
だが俺はいつも大事なことは云えない。
そもそも何が云いたかったのだろう。
云いたかったことはたくさんあったはずだ。

ともかく地元に残してきたKの事もそうだ。
Sの現在の状況なんかもそうだし、仕事への行き詰まりもそうだ。
音楽に向き合うことへの意味。
まあ色々と話したいことはあった。
何より気になったのはSの俺に対する気持ち。
俺は、決まっていた。
だがその上で?
考えていることとそれを実行するということは全然違う。

その日は日曜日。
俺にとって思い出に残る日曜日だった。

BGMはSwichfootの「Stars」
それは今でも憶えている。
俺は帰途についていた。
新幹線の中で色々と考えていた。
自分の中で吹っ切れたもの、それとこれからのことへの前向きな気持ち。
明らかにテンションは上がっていなかった。
それから「自分は考えすぎだ」という自戒の念。

結局俺は大事な事は何も云えないままだったのだ。
何も。
何一つも。

今になって思うのだが、もしその時に大事な事が云えたとしたら。
俺は違った未来になっていたのだろうか。

毎日後悔しないように生きる。
その時に固く決心したものだった。
そして今の自分は?

Kに連絡をした。
「私用で少し遠くへ行っていたけど、今から戻る」と。
そうしたらすぐに 「待ってます」的なものが返ってきた。

とにかく情けないことに俺は泣き出していた。
号泣というほどのものではなかったのだが。

とりあえず今日はいい天気で、ほんの3時間ほど前に起きたことがかなり昔のことのように感じられる。

帰りはSは新大阪まで来てくれた。
「またどこかでいつか」という社交辞令を交わしてから帰った。
それから一応帰りにSにお礼の連絡を入れた。
気がついたのは、行く前のテンションとは全く変わってしまったということ。

それから何が変わったか。
とにかくあれからSとは今は全く連絡を取っていない。
所在もわからない。

特に大きな喧嘩をしたわけではない。
特に気持ちが冷める言動や行動をされたわけでも、したわけではないと思う。

俺たちはお互いの未来があることがわかっていた。
それは完全な別れだったのだろうか。

今となってはわからない。
ただ大事な時間だった。
そしてこれからもそれが大事な時間であることは変わりないのだが。

恋人になったわけでもなく、友達なのかといえばそうでもなく、俺の遠距離恋愛、いや恋愛ではなかったのかもしれない。

それは大きな憧れだった。

バイトで1年ほど同じ時間を過ごしていたときに心の隅に少しだけ残っていたことがある。
俺は同じバイト先の人間にSの暗い過去的なものや、彼女が高校時代に人に嫌われていたこと、そのときの彼氏がDV狂だったということを知っていた。
いや、聞いただけなので本当かどうかはわからないのだが。

だがそれでもSは暗い過去をにおわせることは何一つなく、何事もなかったように思えたのだ。
その気丈さ、何故そんな生活を背負いながらも無邪気に笑えるものなのか、未だに疑問である。
それはその日曜日にも感じたことだった。
2008年の2月のことだ。

今は2011年の5月だ。
あれから3年も経って今、何もわからないままだったんだけど。

少しだけわかった気がした。

そのことには感謝をしている。

今どこかで何かしらのことをしているのだろう。
そして今誰かとどこかにいるのかもしれない。
同じ空の下だろうか?それはわからない。
未来は誰にも見えない。

恋ができなかったのではない。
俺が、しなかっただけだったのだ。
わかったときには全てが消えてしまったのだ。

帰宅した次の日にKと会った。
いつもと同じような会話をした。
多分今思えば俺がなぜどこへ行ったのかわかっていたのだとも思う。
俺は良いように利用してしまったのだろうか。
何故その優しさに気付けなかったのか。

その年の5月に、何気のない喧嘩がきっかけでKと別れることになった。
一切連絡を取らなくなったKから3ヵ月後に連絡が来て、それはKの両親からによるもので。
Kが実家に帰って1ヵ月前に交通事故で亡くなったことを聞かされた。
原因は迎えに来た車に乗って帰途についている所の事故だったらしい。

真夏だった。

夏は嫌いだ。

今でも夏休みのシーズンになると不思議と「しにてー」って気分になる。

その知らせを聞いてから、扇風機の調子が悪いからエアコンにしなきゃな、とか夏に食べるガリガリ君はやっぱり美味しいなとか思いながら涙が流れて止まらなかった。

俺は何かにつけて第六感なんて信じないタイプの人間だが、これだけは信じたいと思う。

「俺が生きることが出来るのは、次々と押し寄せる今この時だけなんだ」


後味は悪いですけどノンフィクションだから仕方ないですね。
別に過去のことを書いたからといって過去に戻りたいとかそういう気分は全然ないです。
俺が生きれるのは今この時だけだっていう思想や考えはこういう経験から来てますってなだけです。
誰かに伝えたいとかそういうものも特にないけれど、長々と見てくれた人には感謝です。