くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

光芒逭春雑記1 「はじまりの空」

太陽が近づいてきたので何か書くことにする。
ちょっとした昔話だ。


俺は中学を卒業後、地元とは程遠い私立学校への進学が決まっていた。
もちろん小学から馴れ合った友達などはいない。
しかし俺は、地元を離れる寂しさよりもはこれから待つ新しい高校生活と、何よりも憧れだった電車通学にわくわくしていた。

初登校の日。

朝の5時半に起床して、6時には家を出る。
そうしないと8時のHRに間に合わないのだ。
それくらい遠い場所だった。
朝ラッシュにサラリーマンと一緒に乗る。
もちろんこの時間はほとんど学生の姿はない。
高校生はセカンドバックを持った高校球児くらいしかいない。

冬の気配は去ったとは云えども、まだまだ肌寒い日だったのは間違いない。
朝から雨が降っていたのはよく覚えている。
なぜか、心配しきりの母親に、大丈夫だよと無理に胸を張る青年。
その無理な青年は俺だ。
母親が作った弁当を抱えて家を出る。
兄はまだリビングで食事をしていて、妹は起きてすぐだった。

俺は、早足に自宅のマンションを後にして、歩き始める。
まだ薄暗い空は、少しだけ俺を元気付ける。
なんだか懐かしい匂いだ。
「これから、少しの間よろしく」
俺は空に語りかける。

そして駅について電車に乗る。
早すぎる時間だからか、電車の椅子には座れた。
しかし駅に停まるにつれて、どんどんと人が入っていき、目的の経由駅に到着するまではほぼ満員になっていた。
俺は緊張のせいか、辺りを見回す以外に特別な行動はなにひとつできない。
仕方がないので、新しい学校へ、新しいクラスメイトへの自己紹介の一文を考える。
第一印象は良いほうがいいので、とそう思い、あまり気取らない回答を考えていた。
結果は何だったろう。
今はよく覚えていない。

経由駅で難なく乗り換え、また少しの時間をかけて待望の学校へ。
地下鉄なんぞ、数回しか乗ったことがないので、地上からの深さに驚愕とした。

大して学校見学なんぞには行っていなかったのが響いたか。
学校の正門がどこにあるのか、全くわからなかった。
母親が念のため持っておけと云って持たせた学校のパンフレットが早速役に立った。

なんとか正門をくぐる。
少しだけ早い時間にきて良かった。
えらそうな教師が昇降口に立ち、挨拶をしている。
生徒もやたらと元気そうな顔で返事をする。
俺も負けじと挨拶をする。

校舎中に入ると学校内にエレベーターがある。
それだけで、少し感動した。
受験はともかく、一度は学校見学に来たことがあるはずなのに、全くその存在を覚えていなかった。

そして見慣れぬ顔ばかりがたくさん校舎をうろついているのを見て、少しばかり心細い気持ちになる。
その心細さに拍車をかけたのが、制服が2種類あることだ。
俺の行っていた高校は中高一貫で、中学の校舎も同じなため、中学の生徒かと思った。
だが圧倒的に古そうな制服の生徒の方が多い。
しかも俺とは違う制服の人間は俺より年上に見えた。
あたりを一瞥して、みんな仲がよさそうなことに気づき、少し中学生活への郷愁に浸ってみたりする。

1年生の校舎は5階だ。
エレベーターはどうやら並んでいるようだし、少しは周りを見ておかないとな、と思い、階段で上ることにした。
思っていたよりも長い階段だった。
中学野球で少しだけ鍛えた、足腰が役に立つ。

階段をのぼり、5階の中央エントランスのような場所でクラス別けのデカイ紙を見る。
同じ学校だった人が一人たりともいない状況なので、何組でも別に良い。
とりあえず担任の名前と自分の出席番号だけは把握しておこう。
それだけは絶対に必要な情報なはずだ。
初めての空間での、初めて確信に至れる答えはこれだけに感じた。

自分の振り当てられた教室を探し、中に入る。
中には仲が良さそうに話している生徒らしき人間が数人と、黙って席に座っている人間が数人。
数人は、俺とは制服が違う。
その後、制服が違う=付属中学からあがってきたやつと教えられたのはいつだっただろうか。

HR開始までは後20分。
どうも、俺は早く来すぎたらしい。

ご親切に机に苗字のシールが張ってあったので、俺は素直にそこへ座り、学校のパンフレットや携帯電話なぞを見て時間をつぶす。

誰も俺に話しかけてくるような様子はない。
素直にHRを待った。
時間が、ものすごく遅く感じた。

教室に人が増えるにつれて、緊張と不安は大きなものになってくる。
俺は変な服装をしていないか、忘れ物はないか、もしかしたらクラス間違っていないかなど色々なことだ。
本当に、何もわからない場所に行くといらん心配するもんだよな。

時間になって、担任が入ってきた。
担任は女教師で、40歳をたぶん越えているであろう。
しゃべり方はハッキリしていて、小中に担任された教師には、誰にも当てはまらない感じだ。
話のすべては覚えていないが、なんだか強そうな発言をしていて、これが義務教育ではないということか、ということを感じさせた。

ふと周りから、「こいつはハズレだ」という系統の発言が耳に入る。
中学から上がってきた生徒のせいで、ものすごく情報が早い。
見渡してみるとクラスの70%は俺と制服が違う。

出席を取り、入学式をし、軽いオリエンテーションをしてから、今日は終了だということだ。
出席を取る。
「28くん(俺のこと)」
と呼ばれたのは、3番目だっただろうか。
そして、俺の後ろの席はヨシトだった。

そして、その俺の席の後ろに座る男が話しかけてきた。
背が高く、眉は細く、手入れをしているように見えた。
髪は短く、両サイドは刈り上げているようだった。
振り返ってみると俺がクラスの中で1、2を争うくらいに髪が長かったような気がする。
それほどクラスは皆短髪だった。
目は垂れ下がり、小さな鼻があり、口がある。
耳は二つある。
悪いやつには見えなかった。
俺とは違う制服を着ている。
名はヨシトといった。

「28くん、俺は出席番号4のヨシトっていうんだ、よろしくね、どこから通っているの?」
と少々慣れない感じで話しかけてきた。
「ども、俺は28、埼玉県T市から来てるんだ。気になったんだけど、ヨシトくんはどうして制服が俺と違うのかな?他の人も違う人いるけど…」
どうしても制服が違うのが気になったのだ。
「T市ってどのへん?俺、あまりこっちから出ないからわからないや、あー“これ”ね、中学から高校に上がるときに制服が変わるのって今年かららしいんだ、今までは中学の制服にネクタイの色を変えてそのまま高校に上がってきたんだけど、あ、女子はリボンの色ね。でも今年からその28くんの着ている新しい制服に変わったんだけど、中学からの内部生の制服は任意らしい、俺も28くんと同じ制服を持っているんだけどね、なんかこっちの方が慣れているっていうか、だから内部のやつでもその新しい制服きているやついるよ」

内部生は制服が違う、ということはこのときにはじめて聞いた気がする。
だが新しい制服を着ているやつもいるとのことで、それが絶対ではないらしい。
少しおかしな話には感じたが、やっと謎が解明できたのと、唯一話しかけてきたやつだったので話し続けることにしてみた。

俺は「あ、そうなんだ。そういえばT市って、電車でいうとここからa線でx駅を経由して、b線で少し行った先かな、遠いんだよ」
わかるはずもないだろうな、と思いつつ丁寧に説明してみた。
ヨシトは戸惑った顔をしながらも
「そっちのほうは全然知らないけど、遠くない?大変じゃない?」
と聞いてきたので、
「まだ初日なのでよくわからない」
と云った。

入学式は、講堂のような場所で行った。
さすが私立校というか、中高一貫というか、その公立学校とは全く比にならないほど大きな場所で入学式。
人が多すぎる。
どうも1年生だけで500人以上はいる様子。
中学の入学式も兼ねている事なので、とにかく人が多かった。

俺は席の後ろのほうだったので、前が全然見えずに少し戸惑った。
と思ったらここでもご親切に各机にモニターのようなものがあり、そこで説明書きがされる仕組みになっている。
なんてハイテク!と心の中で感動していたのはきっと外部生では俺だけじゃないだろう。

何はなくとも、国家やはじめて聴く校歌などを歌い、校長や各学年主任や新任教師などの挨拶があり、進行はどこも変わらないんだな、と思ったりした。

長ったらしい話を聞いた後、教室へ戻り、HRをした。
やはり自己紹介があるようで、俺はいつになく緊張していた。
出席番号1、2の同級生は俺と制服が違う(内部生徒)ので、話もなんだか慣れているようで、話途中に他クラスメイトからの冷やかしなども入り、話しやすそうだった。

俺の番。
はじめて教壇のほうに立ち、はじめてクラスメイトの顔を眺めてみる。
ものの、あまりにも人数が多く、明らかにしーんとした様子。
「xx中学からきました、28です、趣味は音楽や映画、ゲームなどです、わからないことだらけですがよろしくおねがいします」
と背中は汗ばんだまま自分の説明をした。
特に面白い自己紹介でもなく、クラスメイトはおざなりな拍手をした。

ここで注釈しておくが、外部生徒(高校からの通常受験)は学年の10%ほど。

俺の次はヨシトである。
ヨシトは教壇に立つなり、制服の違う天使と悪魔たちに色々と問答をされていた。
このときに彼は中学でも人気者だったことを俺に認識させた。
確かにはじめて話したときも、まるで少しは話したことがあるような感じだった。
人懐っこい性格なのだ。

時間は経過し、もちろん俺はクラスメイトの顔も全く把握できないまま初登校は終了した。
正直に云うと俺が想像していた華の高校生活とは程遠い。
だが、初日などこんなものだろう、理想と現実は違う、と納得させて帰途につくことに。
午前中で終わっただけあって、帰りがけに中学からの親友(ケンと呼ぶことにする)に電話をして、弁当を持ってそのままケン宅に。

ケンの入学式はまだのようで、今終わったよーとなんだかんだでぐだぐだと話していた気がする。
ヨシトのことや、学校での雰囲気のこと、中学でのこと、そのほか色々と話してから帰宅。
特に何もない日をすごしたあと、本格的に授業が始まる2日目に突入する。


無駄に続きます