くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

古き路。

今年もあと2日になりました。
ちゃんとした「日記」でもないものをただ毎日毎日熟々と書くのにも、体力と気力が必要なわけです。

ただ、自分の人生を綴ることは大事なことなんじゃないかと思っているので、続けているのです。
その日に何も特別なことが無かろうと。

「生きる」ただそれだけの事に、根性と理由が必要なのですが、最近はその総てが自分とはかなり切り離された場所に存在するとも感じます。

なんと哀しいことでしょう。
俺は遂に、生きる理由を見つける事を諦めはじめたのです。
ああ、なんと哀しいことでしょう。

さて、この時期になって、色々と考えているわけです。

「命題」は、前を向いていても後ろを向いていても、そこかしこに点在します。
それは、幼稚園時代のラクガキに、小学生時代の作文に、中学生時代のダイガクノートに、高校生時代の手帳に、沈黙に、静寂に、未来に、宇宙に。
そして、このブログに。

しかし自分は「目標」というものを持てるのだろうか、と。

俺はいつの間にか物理的なものよりも精神的なものに標準を合わせてしまったのです。
「的を射よ」と云われ、「どこに的が存在する?そもそもそんなものはない」といった具合に。

いや、いいんですよ。
「ただそこにあるもの」を射れば。
「ないもの」にせずに、ただひたすら。

一つ一つに言及するには、少し時間がかかりそうです。

それでも、この掃き溜めの中に確実に自分なりの真理は存在するはずなんです。
そもそもその為に誰の為にすらならず、文章にすらならない「何か」を吐き出して公開しているのですから。

間もなく、何かを超え始めます。
何かを超え始める気がするんです。