くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

僕がある日、その病室に置き忘れてたもの。

「ねえ、きいてきいて、きいて」
『なに』
「あたし、京都に行くことにしてね」
『へえ、なんで』
「すてきなお寺があるんだって」
『そう、気をつけてね』
「でも本当はね」
『なに』
「好きな人ができたかもしれないの」
『そうなの、おめでとう、でもなんで“かも”なの?』
「ほんとうは好きじゃないかもしれないから」
『どうして?』
「まだ会ってないから…、どう、変だと思う?」
『思わないよ』
「でも好きかもしれないから」
『それで会いに行くの?』
「そうだよ」
『がんばってね』
「一緒に来てくれないの?」
『それはやめたほうがいいと思うよ』
「なんで」
『だってそれじゃあ相手に悪いよ、僕はその人のこと知らないんだから』
「そっか、でも一緒に来てくれるでしょ」
『ぼくが行っても仕方ないよ』
「ねえ」
『なに』
「変だと思う?」
『なにが』
「えっと、いろいろと」
『うん、思う』
「だよね」
『だよ』
「連れてってくれる?」
『いやだよ』
「もしかして、怒ってる?」
『怒ってないよ、なんで』
「じゃあ、驚いてる?」
『驚いてるよ、だって、きみは好きになるとは思わなかったから』
「だよね」
『だよ、どんな人なの?』
「優しいひと、あと、野球がすきなんだって、それとね、なんだか心のほうでつながってる気がして」
『ごちそうさま』
「笑う?」
『笑う』
「だよね?」
『だよ』
「それで、連れてってくれる?」
『いやだよ、だからなんでぼくが連れて行かないといけないの、ひとりでいけよ』
「連れてってくれるよね?」
『だから、いやだよ』
「なんで、友達じゃん」
『だよ』
「友達はもっといっぱいいる?」
『いっぱいいるよ』
「あたしはあなただけだよ」
『そうかな』
「そうだよ、それじゃ三人で行こうよ、えっと、あのコと一緒に」
『いやだよ』
「連れてってくれるよね?」
『あたりまえだろ』
「だよね」
『だよ』
「三人で一緒にね、いいよね」
『いいよ、いもうとは連れていかないでいいの?』
「まだしばらく忙しいから」
『そっか』
「いつ行く?」
『元気になったらね』
「もう元気だよ」
『じゃあ、暖かくなったらね』
「今すぐ行きたい」
『だめだよ』
「無理なの?」
『無理だよ』
「連れてってくれるよね?」
『わかってるよ』
「約束できる?」
『わからない』
「約束できるよね?」
『わからないよ』
「楽しいだろうね」
『だね』
「楽しければいいんだけどな」
『そりゃあね』
「友達増えたかな」
『なんでぼくに聞くの?』
「いい人ばっかりだよ」
『それはよかったね』
「でもね」
『なに?』
「きっともう無理なんだよ」
『どうして?』
「きっともう無理だから」
『理由になってないよ』
「哀しいよ」
『バカ云うなよ』
「あたしはずっと哀しかったのかもしれない」
『ぼくだってそうだよ』
「本当に?」
『本当だよ』
「ほら、友達はあなただけ」
『それとこれとは…』
「あなただけ」
『…だね』
「だよ」
『で、その人とは恋人に?』
「なれたら良いなって思ってる」
『笑えるね』
「でしょ?」
『ほんとうにうれしいよ』
「あたしも嬉しいよ」
『でもちゃんと二人で会うんだよ』
「できるかな」
『できるよ』
「あなたは?」
『え?』
「あたしに恋人が出来ると、嬉しい?」
『そりゃあね、きみ以上の友達はいないよ』
「だよね」
『だよ、いもうとは怒るんじゃないの?』
「怒らないよ」
『そうだといいんだけど…』
「むしろ喜ぶと思うよ」
『だったらいいんだけどね』
「いつ行けるかな」
『すぐに行けるよ』
「今日行きたい」
『それは無理だよ』
「なんで無理なの」
『だいたい、もうすぐ手術じゃないか』
「そんなのいい」
『よくないよ』
「そんなのいいって」
『よくないって』
「すぐ行きたいって」
『わがままいうなよ』
「だって」
『すぐ良くなるって』
「絶対?」
『うん、絶対』
「またピアノ聴かせてね」
『何がいい?』
「いろいろ、一番聴きたいのは、あの時と同じアラベスク
『得意だよ』
「あと、夜想曲
『練習するよ』
「何かおもしろい話して」
『そうだな、小さな男の子と港と魚の話、それかたこ焼きと大阪の話』
「たこ焼きと大阪の?」
『そう、たこ焼きと大阪の話』
「おもしろそう」
『だろ』
「どんな感じ?」
『それはね、僕が小学生の頃の話なんだけど…』