くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

I'm singing this one like a broken piece of glass.

恋をしなかった。
いや、できなかったというのに近かっただろうか。

黒髪だった。
いや、少しだけ茶色かったのかもしれない。
どちらにしても俺は緊張していて、よく憶えてはいなかった。
何を話したのかも憶えていない。
将来のことだったかもしれない。
今日の夕飯のことだったかもしれない。
とにかく憶えていなかったが、淡い声でその人は何か大事なことを云ってのけたのだった。
「後悔は、していないんですか」
それは大きな言葉だった。
何もかも知ったような素振りで、笑顔で云うのだった。
何をどうやったらそんな子供みたいな笑い方ができるのだろうか、と俺は不思議に思っていた。
いつまで経っても。
そして全身を瓦礫の間に挟むような生活に落ちていても、その笑顔は初々しく、そして更に含羞を失うことなく、暗く荒んだ過去を匂わせたりは絶対にしなかった。

いつも笑っていられるような毎日が良かった。
できれば悩むことなど何もなくて、全て順調に行けばいいと思っていたし、何かにつけて文句も出ないほうが良かった。
楽しいことを楽しいだけやって、楽しくなくなったら止めてしまえば良かった。

楽しいことがある、というのは良いことだったのかもしれない。
何かにつけて、自分の意識をそこへやることができたから。
少なくとも、本当の自分を隠してなんとかしてやってるだけのフリはできたはずだった。

どこかで他人を誤魔化して、ついには自分さえも誤魔化すことができるのだとしたら、自分は他人になれたのではないだろうか。
違う時間に違う場所で目覚めていれば、今とは違う自分になれていたのではないだろうか。
比較する、疑う、嘘をつく、そんな小さな自分を超えてなにか違ったものに。
そして、それは一種のゆがみとなった。

何に傷ついたのだろう。
何も仕事が忙しかっただけじゃあるまい。
傷つくことを気にしていた自分がどこかにいたのだろうか。
傷つくことを承知の上で、何かに向けて突き進んでいくという自信を自分はとうの昔に忘れてしまっていたらしい。
そもそも、もともとあまり強い人間ではなかったように思える。
確かに自分が他人の罪を被ることができるくらいに強い人間だったら良かったと思う。

全身が奮い立っていた。
明日のことを考えると、何もかもいやな気持ちになった。
少しだけでも救いがないものかと、何かに縋りたい気持ちになっていた。
不思議と空だけが蒼かったが、そこに手を伸ばしても、届かない。