くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

Does it make you indie?Does it make you proud?

自己主張が激しいというのは、あまり良いことなのではないだろうか?と友人に云われた。

確かにそうだろう。
同属嫌悪というヤツなのかもしれないが、俺は自己主張の激しい人はあまり好きじゃない。
とはいえ、話がわかる人間なら主張が激しい方が張り合いがあるし飽きないので楽しいとは思う。
頑固なのと主張が激しいのは違うからね。

じゃあ自分はどっちなのか。
もちろん、云っていることがネット上なのは拡散しやすい、職業上書きやすい、見やすい等、精神論以外での要素も確かにある。
だが、俺がネット上でこう書いているというのにはむしろ逆にリアルでそこまで出来ていないからという事実もある。

もちろん、人は自分の考えを完全に押し殺して生きるというのは難しい。
そうするとすぐに死にたくなるし、わけわかんなくなる。
偽りを身体に覚えさせるのもそれなりの抵抗が伴うし、それを圧政されれば尚更のこと、ストレスが溜まる。
誰だって自分の思い通りに事が進んだら、楽だし嬉しいからね。

だからこそそれなりの自分の主張もする。
しかしながら自分でいうのもアレだが、俺は結構臆病なタイプだ。
悪口は云わないまでも、中途半端に他人に気を遣おうとしてしまう。
しかも「中途半端に」だ。
これは一番良くない。
「中途半端」というのは、ある程度話は合わせるけど、いざと云う時はどっちに転ぶかわかんないってことだ。

一時期、それが物凄く悪いことだと思うようになった。
こうなると、自分の都合のいいように人を売るようになるのだ。
俺は実際にそうならなかったので良かったが、実際にそういう人間を間近で見てきた。
主張の激しいタイプで尚且つ中途半端なタイプは、その場では感情を押し殺しながらも裏では確信的な自分の考えを持っている。
そういう人間が立場が悪くなったときに行き着く先というのは「俺は本当はそうは思ってなかった」という開き直りだ。
これは良くない。
陰口にも繋がる。

だが実際には世渡りという面で、ある程度人に合わせないといけないときはある。
当然だ、自分の考えばかり「押し付け」ていたら立場が悪くなるどころか完全に独裁ってことになる。

男が女を制圧するとき、そういう兆候が目に見えるような気がする。
極端だが、家庭内DVってヤツがそうだ。
立場を利用して自分の意見を押し通し、押せなければ暴力。
恥極まりないというか、可哀相な連中だ。

それを踏まえた上で「自分はどうやっていこうか」ということだ。
ある意味、ネット上でストレスを発散するだけで、リアルで大して面倒じゃないヤツの方が良い気はする。
だがそうするとなると、ここで書いていることは「ただかっこよさそうなことを書いているだけ」ってことになる。
云うだけ云って、リアルは違う、という、まあ陰口と変わらないタイプになるのだ。

ゴチャゴチャ云うのはタダだ。
でもそれを示すのはやはり行動なのではないだろうか。

みんながみんな、自分が正しいとした前提で生きている世の中で、犇き合うのは当然のことだ。
「自分が間違っていると思っている自分が正しい」というのは同じだ。

俺が虚無主義に行き着くのはそんな理由があっての上だ。
「俺が敵だと思っていたとしても、相手の視点からしたら俺が敵なわけだし」ってことだ。
一概に決め付けることは不可能なのである。
だからどんな行動にも「意味はない」し「答えはない」
答えと意味を作るのは常に自分であって、自分の価値観こそが世界だ、という感じの考え。

まあ、だからといって自分の考えを「押し付け」て、他人が泣いているのは違うよな。