くうちゅうくらげ

-A Boys Named No.28-

My Epitaph. #19

  • 4/2(Monday)

・仕事をしてきた。良い天気だった。

・僕は自覚的には恵まれていると思っている。何がって、人に、環境に、仕事に。それに比して僕が健康的ではないのは、やはり度重なる夜勤の影響かもしれないのだが、やはり人生は相対評価ではなく絶対評価なので、自分が認めていなければ他人に認められていてもダメだ。

・考え始めたのは、誰とも関わらなくなったから。自分にとってそれはベストな判断だと思っている。然るべき間接的な距離からの反応で良い。直接的な判断は自分で下すことが出来る。もう誰にも人生に横槍を入れて欲しくないものだ。他が抱えている哀しみと僕が抱えている哀しみは対等ではない。だから関係性を貪るつもりはない。楽しければ良いって?本当にそうかな?

・そうだね。楽しければ良いね。僕もそうしてみようかな。おやすみなさい。

  • 4/3(Tuesday)

・仕事をしてきた。家を出て3分で傘が大破した。

・他人と隣接すれば、当然また喪失感が芽生える可能性もあるわけだ。そして、それがどれほど面倒な気持ちなのかといえば説明も出来ないほどのもの。だから僕は他人と距離を取る。触れられて欲しくないところには触れなくて良い。意外とこれが。自分が意識していれば出来ることだということに気付いた。

・関係性の終わりを決めるのは、自分だ。そして、確定的な終わりが訪れるとしたらそれは自分が死ぬか相手が死ぬかしたときなのである。今はそういうものに感慨深くなる気持ちは欲しくない。僕はそれらを如何なる方法でも享受しない。

・色々な事を踏まえながら思ったのは、僕も「終わり」について考えているという事。それは一つの時代の終わりなのか、全てのストーリーの終わりなのかは未だわからない。僕も年を取り、もうあの頃には戻れないということにしか過ぎないが。

・何かを紡ぐ余地、それはいつなくなるのだろう。おやすみなさい。

  • 4/4(Wednesday)

・仕事をしてきた。もう夜勤はいやだなあ。

・気がついたら4月になっていた。早いものだ。そろそろ桜が咲くらしい。僕は花というものに感慨は全くないが、たまにはそれらを見るのも良いだろうということで週末にエセお花見を計画した。つまり、ただ桜並木を歩くだけというそのプランは当然雨天では決行されないわけだから、今週こそは晴れて欲しいものだよまったく。

・何かを改善したわけではないのだが、気分が落ち着いている。金がない。おやすみなさい。